インドネシアの昔話を求めて (十七の三 最終章)

 私はライジュア島から戻った時点で、スンバワ島に渡るのは諦めていた。

日曜日に飛行機があるからそれでクパンまで戻り、そこで一泊して、次の日バリ島へ戻る事にした。

 時間はたっぷりあった。

毎日ブラブラして、日本兵が住んでいたと言われているラマデラカの洞窟に行ったり、

リアエ族の住む山に出掛けたりして時を過ごしていた。

 そして飛行機が発つ日の前日、もう日が落ちた頃だった。私はチィチィの家で私と順子とパグル、パグルの奥さん、ファイサル、チィチィなどとコーヒーを飲みながらお喋りをしていた。

左から パグルの兄、ファイサル、近所の子供、私

 

 その時、泊っている宿屋の娘で、嫁に行って近くに住んでいるセハットが顔色を変えて入って来た。

「ああ、大変よ。みんな、噂してんのよ。ケララの連中が来たって」

 セハットは、アラブの血が混じっていると一見して分かる彫りの深い顔をオーバーに

しかめて見せた。すると、パグルの奥さんが、恐ろしいものでも見るかのように入口から顔を突き出して表を眺め、それから神妙な面持ちでセハットやチィチィと顔を見合わせている。

「何て事無いだろう。来たっていいじゃないか」

パグルはいたって落ち着いていた。

人さらいでも来るようなこの騒ぎは一体何なのだ。

「ケララの人ってどんな人なの?」

私が訊くと、パグルが、

「いやあ、話があるんだよ。ケララの人のね。パラドも知っていると思うけど・・・」

「どんな話?パラドにも訊いてみるけど、パグルも聞かせてくれない?」

「奥さん、ホントの話なんですよ」

ファイサルが口をはさんだ。そして、更に

「奥さんもケララの人、見た事あるでしょ。背がこれくらいで。リアエに行った時、私が指差した人、覚えていませんか?背がこれくらいの」

 立ち上げって右手を胸につけた。

 小学生の背丈くらいである。確かにファイサルは道を歩いている人を指さしていた。

その時私はトラックに乗っていたせいか、その男が特別変わった人のようには思えなかったのである。

「顔は普通の顔してた?」

私が訊いた。

「普通よ。私のお父さん言ってたもの。日本軍が飛行機で空をとんでいたらきれいな花が咲いている島が見えたんだって。だから日本軍は船でその島を探しに行ったんだけど見つからなかったって」

 セハットが、さも自分だって知っているという風にみんなを抑えて早口で喋った。

しかし、どうも話の全体が見えてこない。

「最初から話してくれない?」

「奥さん、この話はパラドに聞いたほうがいい。私は大筋しか知らないんだ」

 黙って煙草を吸っているパグルが言った。

 

 次の日、サウ島を発つ日だった。

 予想通り朝のうちにパラドが宿屋に顔を出した。

私はさっそくケララの話を訊いてみた。

「ケララって島があるんじゃよ。あるんじゃが誰も見たことがない。見えないんじゃ。普通の人にはな。じゃから、その島の近くを舟で通ると、ポクッポクッポクッと杵をついている音がするって言う者もおる。ん・・・ケララの聖なる石もある。この島にあるんじゃ、ん・・・山の上にな。わしらの石とは違う」

「じゃあ、ケララの人の石なの?」

「そうじゃ、奥さん、ケララっていうのは黄色いという意味なんじゃ。そこへケララの者が晩になると祈りにやってくるんじゃ。羊やら鶏なんぞ生贄にしてな」

「へぇ、それでどんな話なの?」

何かミステリアスで、私はワクワクしていた。

 

          ケララ島

・・・ 昔じゃ、ロゲと いう 男の子が おったんじゃ。

 ある 夕方のこと ロゲが 丘の上で 羊の番を していたんじゃが 暗く なったんで 帰ろうと すると 羊が 一匹 足りないんじゃ。

 はあて 困った。 

このまま 帰ったら 親たちに 怒られる。

 じゃから ロゲは 丘を 上がったり 下ったり して ほうぼう 探し回ったんじゃ。

 じゃが いくら 探しても 羊は どこにも おらん。

そのまま 帰る わけにはいかんのでな あてもなく とぼとぼと 探しつづけておると いつの間にやら 浜に 出てしまったんじゃ。

 浜辺には 一艘の 小舟が あってな 誰も おらんのじゃ。

暗くなってきたし へとへとに くたびれて しまった ロゲは ちいとばかり 休もうと思ってな 舟に乗ったんじゃ。

そして 明け方近く まだ 暗いうち ケララの 男たちが 祈りを すませて 丘から 浜へ 下りて きたんじゃ。

 ケララの 者は お天とうさまに あたったら いかんのじゃ。

あたったら 普通の 人間に なって しまう。 じゃから ロゲが 乗っとるのに

気が つかんほど 慌てて 舟を 出して しまったんじゃ。

 そうして 海の 真ん中あたりまで 来て ロゲが 乗っとるのに 気が ついたんじゃが そん時は もう あたりが 明るみ はじめていた。

しかたなく ケララの者たちは ロゲを ケララ島まで 連れて かえったんじゃ。

 そんな訳で ロゲは ケララ島で 暮らすように なったんじゃと。

 ところが 驚いたことに ケララ島の者は 寝ないで 働いてばかりおる。寝たら 病気になって 死んで しまうと 言うんじゃ。

じゃから ロゲは 死んだら かなわんのでな ケララの者に 手ついて 頼んで

サウ島へ 帰して もろうたそうじゃ。

この サウ島にもな ケララの者が おる。おてんとうさまに あたって 帰れなくなった 者じゃ。姿恰好は わしらと かわらんが 背丈が ちんこい。

わしも 見たことが ある」

                 話し手: ライハルド ラド 1988年

「太陽にあたると普通の人になって、寝ないで働けなくなるから帰れなくなってしまったの?」

 私が訊くと、パラドは真顔で、そのとおりだと言った。奇妙な事があるものである。

それよりももっと奇妙なのは、みんなの話を聞いていくうちに、私は真剣にケララ島は実存しているのではないかと思えてくる事だ。

日本にいれば笑い飛ばしてしまいそうな事だが、インドネシアの土を踏むと、それが現実のように思えるのは私の錯覚なのだろうか。時々自分でも分からなくなってしまう。

 

 午前十一時のクパン行きの飛行機に乗る予定だった。風も無いし、乾季で雨も降らない。当然、飛行機は飛ぶものと思っていた。

しかし、空港で1時間あまり、私と順子はファイサルやパグル達とクパンに向けて耳をそばだてて飛行機を待っていた。

だが、どういう訳か、来なかったのである。

あとは船しかない。港はセバの宿屋から1キロ足らずの所にある。ファイサルの家畜運搬用のトラックで私達は急遽、飛行場から港へ向かった。

 桟橋に入ると、家畜、それに砂糖やとうもろこしなどの入った袋をかついだり抱えたりしながら貨物船へ向かう人の群れが、甘い物に群がる蟻のように蠢いていた。

 そして甲板は、既になだれこんだ人や物、家畜などで埋まり、行き場を失った人達は通路へと流れていく。そして、早い者勝ちで寝場所を確保出来た者達はサロンにくるまって思い思いにくつろいでいる。

 チィチィが私と順子の身を案じてクパンまで送るというので、私達は甲板の上にある船室を借りる事にした。

 扉のついていない船室は、三十度以上の熱気と、通路から流れ入って来る家畜やトウモロコシ、それにトイレの臭いが混じりあい、悪臭と化して漂っている。そして、ベニヤ板の壁にはゴキブリや小さな赤い蟻が這いまわっていた。

 船が出ると、私と順子は船室の左右に設けられた二段ベッドの上に、チィチィは下の

ベッドに横になった。ちょうど足下にある丸い窓から靴下を脱いで足の先を出し、海風に当てたまま私は眠りについた。

それから十七時間後、船酔いでフラフラしながら私たちはティモール島に戻ったのである。

 

この時から5年後の1993年2月26日、子連れでサウ島に降り立って以来、何かにつけて私を助けてくれたファイサルが心臓病の為に突然倒れ、亡くなってしまった。

31才だった。穏やかで誰に対しても優しい人だった。

 彼が死んだという噂が流れると、ムサラ族もティム族もリアエ族も山から下りて来て彼の死を悼んだという。

「まるで王様の葬式のようでした。たくさんの人に見守られて。ごく

普通の人間だった弟がです。弟の偉大さを死んでから知りました」

涙を流しながらファイサルの兄が語った。

 サウ島から景色がひとつ消えてしまったような寂しさがあった。

そんなメソメソした私に向かって、ファイサルの妻フィットリィが言った。

「奥さん、生きる事も死ぬ事も自然界の流れのひとつ。あるがままの現実を受け止めて生きていきましょう」

 その言葉がいつまでも私の心に残っている。