インドネシアの昔話を求めて (十七の二)

            ベロド

 むかし むかし おおむかし。

まだ サウ島に 人が あんまり すんで いなかった 頃の 話だ。

アマジャウィライと その 息子の ジャウィライが それは それは

仲良く 暮らして おったそうじゃ。父親と 息子は 毎日 森へ 出かけては

狩りを したり 木の実を とったり していた。

 おおむかしの この頃 人間はな まだ 作物を 育てたり 煮炊きを

する亊を 知らんでな 狩りをして とった 獲物の 肉は そのまま

生で 食べていたというんじゃ。

 そんな おおむかしの ある日。

父親と 息子は いつものように 山へ 出掛けて 行ったんじゃ。

 深い 森の 中をあっち見たり こっち見たり 行ったり 来たりして

獲物を 探しまわって おると 突然 目の前に でこでこと 太った雌の

イノシシが こちらを 見て 立って いた。

 とっさに ふたりは その イノシシを 生け捕りにして かついで

帰った。

 そして 家の前の ムルンガの木に しばって しばらく おくことに

した。

 あくる日も 父親と 息子は 森へ 出掛けて いった。

その日は 森の中を 一日中 歩き回って みたけれど 何も 捕れない。

 暗くなってきたし 腹も へってきたので ふたりは とぼとぼと 家へ

帰って 行った。

 家の そばまで やって来ると 家の中は ぼんやりと 灯が ともり

なにやら うまそうな においが してきた。

「だれも いねぇ筈だが」

「いい においだなぁ」

「こんな うまそうな におい はじめてだ」

 中に 入ってみると 炉に 残り火が チラチラ していた。

そして 不思議なことに そばの 台の上に 見たこともない 食い物が

いっぱい 並んでいた。

「はて 一体 誰が つくったんだ」

「毒入りで ねえか」

 父親は ためしに ちょっと なめてみた。

「おお うめえ 毒は 入ってねえ だいじょうぶだ お前も 食え」

 父親と 息子は いっぱい 並んでいる 食い物に かぶりつき 食う

食う そして あっと いう間に ペロリと たいらげて しまった。

(こんな うまい 食べ物 一体 誰が 作ったんだ)

 その晩 ふたりは 首を かしげながら パンパンに なった 腹かかえて

寝て しまった。

 あくる日 も 父親と 息子は いつものように 森へ でかけた。

そして あたりが 暗くなると 家へ 帰って 行った。

 家の そばまで 来ると 暗いはずの 家に また ぼんやりと 灯が

ともって うまそうな においが してきた。

 中に 入ると 昨日と 同じように 炉に まだ 残り火が チラチラし

台の上には うまそうな 食い物が ズラリと 並んでいる。

 ふたりは また 食った 食った。

みるみるうちに ペロリと 全部 たいらげて しまった。

そして パンパンに ふくらんだ 腹かかえて

「はあて 不思議な事が あるもんだ」

「いったい 誰が こんな うまいもの 作ったんだ」

ふたりは 思案して みた。

けれども いっこうに わからない。

 三日目の朝 父親と息子は 狩に でかけた。

けれども この日は いつものように まっすぐ 森へ 入らないで 途中から

引き返した。 そして 家の裏から こっそりと おもての 様子を うかがった。

(あの うまいものを いったい 誰が 作って いるんだろう)

 しばらく じっとして のぞいて いると 突然 家の前の ムルンガの木に

しばって おいた あの 若い めすイノシシが するりと 息も できないほどの

 それは それは 美しい女に 変わった。

(ほおっ この いい女が あの うまいもんを 作っていたのか)

とっさに 父親と息子は 女が にげないように ぎっしりと つかまえた。

 女は しなやかで 長い 黒髪も 肌も つやつやと 輝き ほんのりと いい 

香りを はなって いた。

 父親は たまらないほど 女を 自分の ものに したいと 思った。

 息子もまた なんとしても 女を 自分の ものに したいと 思った。

 父親と 息子が めすイノシシに 化けて いた女 ベロドと 三人で 

暮らすように なって しばらくすると ふたりは 互いに 罵り合うことが 

多く なって いった。

そして いつしか 父親は

(息子が いなければ・・・息子が いなければいい・・・そうすれば ベロドは

おれのものに できる)

と 思うように なった。

そして 来る日も 来る日も そればかり 考えるように なって いった。

 とうとう ある日。

夜が 明けきらない まだ 暗いうちに 父親は 誰にも 気づかれないように

むっくり 起きた。

そして ムルンガの木の 根元に 大きな 穴を 掘りはじめた。

 シャカシャカ、シャカシャカ・・・

 深く 深く。

 ひとの 丈ほどまでに 掘りすすめた頃には あたりは うっすらと 明るんで

きていた。

 

 すっかり 夜が 明けた時 父親は 息子を よんだ。

「夕べ 変な声が したぁ。 あの ムルンガの木さ のぼって てっぺんから

まわりを みまわして こい」

 息子は 父親の いいつけどおり スルスルと ムルンガの木の てっぺんまで

のぼり あたりを 見まわした。

 この時 下から 息子を 見上げて いた 父親が いきなり 力のかぎり

ムルンガの木を ゆさぶった。

ドスン。

 息子は ムルンガの木の 根元の穴に 落ちた。

とたんに 父親は 息子の 上に どんどん どんどん 土を かぶせた。

そして まもなく 息子は 死んで しまった。

 息子が いなくなったので 父親は 望みどおり ベロドを 嫁にして いっしょに

暮らすように なった。

 そうこうして 暮らして いるうちに ベロドは 男の子を 産んだ。

なぜか ベロドは その子の 名前を 父親が 生き埋めに した 息子の名前

ジャウィライと したという。

 そんな ある日 ベロドが 頭の てっぺんから 足の先まで ずっくりと 濡れて

帰って きた。

 かついで きた カゴを 庭の木に ひっかけ 濡れた 着ているものを 

取り替えててから 子どもに 乳を のませようと いそいそと 家の中へ 入って

いった。

父親は

「きょうは どんな 魚が とれたかな」

なにげなく カゴの ふたを あけて みた。

あっと おもった。

入って いたのは 魚では なく 女の 子ども だった。  

「わ わしの 嫁は 毎日 海へ 行って 人間を さらって きてたのか。 それで

うまいものを つくって いたのか」

 父親は ふるえながら 女の 子どもを カゴから だして 逃がして やった。

 しばらくして ベロドが 家から 出て きた。

カゴの 中にいるはずの 子どもが いない。

ベロドは みるみるうちに 顔を 真っ赤にし 目を ギラギラと むき 頭の毛を

逆立て 恐ろしい 形相で 唸り声を あげながら にげた 子どもを 追いかけて

ふっとんで まわった。

 子どもは わあわあ 泣きながら 家の 近くの ガジュマルの木の てっぺんまで

息も きれぎれ よじのぼった。

「神様~ 神様~ おねがいです~ たすけてください~」

子どもは なんべんも なんべんも さけんだ。

その声が 天の 神様の 耳に はいった。

神様は 風の ように おいかけて 来る ベロドを ふりはらうように 子どもが

しがみついている ガジュマルの木を ざっくりと 根こそぎ 引きぬいて ザザッと

月まで 運んでしまった。

 すっかり 正体を 見られて しまった ベロドは 天を にらんで じたんだを

ふんだ。

そして 赤ん坊を ひっ抱え ころがるように この世から 出ていった。

行き場の なくなった アマジャウィライも また ベロドと わが子の あとを

おったそうだ。

 

 満月の晩 こうこうと かがやく 月を あおぐと とうに ばあ様に なってしまった 女の子が いまでも ぎっしりと ガジュマルの 木に しがみついていると。

    話し手 ライハルド ラド(1988年)

 

 「月を見ておると、ばあ様が糸を紡いでおるようじゃが、あれは女の子供がガジュマルの葉っぱにしがみついておるんじゃ。

サウ島の年寄りはそう言っとる・・・それでなぁ、奥さん、ベロドというのは、太陽神の子孫という意味なんじゃ。黒魔術が使えるんじゃ」

「それで、火も使えるし、人間を魚に変えられるのね」

「そうなんじゃ。何でも思うがままに変えられる。人間を食うというても、そのまま

人間の肉を食うんじゃのうて、魚なんぞに変えて、きれいに洗って煮たり焼いたりするんじゃよ」

「じゃあ、ベロドは悪い神様というか、悪い人間ということなの?」

「いやあ、そういうふうには考えておらんな。物凄い魔力をもっておる女じゃな」

私が頷くとパラドは更に続けた。

「ん・・・ 父親のアマジャウィライに自分の正体がばれてしまったベロドは、天に

帰ってしまうんじゃ。その後をアマジャウィライが追いかけていく。もう離れて暮らすなんぞ出来なくなっとったという訳じゃ。そしてふたりは、また夫婦として地上で暮らすんじゃよ」

 パラドは話し終わると、残っている日本茶を飲み干して帰って行った。

 私は、何か恐ろしいような、それでいてホッとするような妙な感覚で暫くの間そこから動けなかった。

何故自分がそう感じるのか分からなかった。

 今、それが、この話に出てくるアマジャウィライの中に自分を見たからだと思った。

心の奥底に哀れな私がいた。6歳の時、母親を求めて1里(4キロ)転がるように走った私がそのままいた。自分が価値の無い生き物のように感じられたあの時。私の心底にあったものは、孤独だった。

  人は皆、この恐ろしい孤独をどうにかしようとやっきになって生きている。それが人間の本当の顔だったのだ。

 この孤独感を消し、他人との密接な関係を持ちたいという欲望は、我が子を殺してまで満たそうとするほど凄まじく、誰の中にも存在すると話の中で語っているのだ。しかも、その行動こそが人の歴史なのだと。

 昔話は鏡だ。自身の醜さや美しさをなじる事も褒める事もせず、静かに映し出す。

そんな自分自身を真正面からみつめ、丸ごと受入れようとした時、私は救われるような

穏やかな気持ちになれた。

 ずっと求めていたものが、そこにあった。

宿屋前に立つパラド