インドネシアの昔話を求めて (十七の一)

 次の日の昼過ぎ、疲れ果てて寝ている私をパラドが訪ねて来た。

小学校の教師であるパラドは、学校からの帰りらしく、白い制服姿で胸には金色のバッジが光っていた。

 

「奥さん、帰って来たかね。どうだったライジュアは?話は上手く聞けたかね?」

 そう案じてくれるパラドに、私はライジュア島での経緯をとつとつと語った。

パラドは如何にも気の毒そうに頭を垂れて、

「奥さん、いやあ、話を探すちゅうのは大変なもんじゃ。奥さんが外国人だからじゃないんじゃよ。わしらが、よその部落へ出掛けて行ったってなかなかなんじゃ。よその島なんて行ったら、もっとじゃ。慣習法があるからのう。厳しいんじゃよ」

 そう言って軽く笑った。

「ええ・・・でも時間をかければ、話して貰えると思って・・・」

「前にいたA子だって、可哀そうなもんじゃった」

「6か月いたっていう人?」

「そうじゃ、慣習法を調べていたんじゃが、そうさなあ、ライジュアには三遍ほど行ったようじゃが、何にも聞かせて貰えんかったという話じゃ。カメラや何やらやったらしいが・・・まったくなぁ」

と、顔をしかめた。そしてそれから、思い出したように、

「ああ、奥さん、ここの島の歴史話なんじゃが、間違いがあるといかんなぁとおもうて、ちゃんとリアエ族の長老に確かめたんじゃ」

「えっ、パラド、話してくれるんですか?」

私が明るい声でそう訊くと、パラドも声を大きくして、

「ああ、んじゃが、テープはとらんでもいい。わし、ノートに書いておいたからの。奥さんが外国人で大変じゃろうと思うてなぁ。えらいおせっかいかもしれんがのっ」

おどけた目をして私の顔をしゃくるように見た。パラドは私がおせっかいだなどと思わない事を十分に知っていて、わざとからかって見せたのだ。

そんなパラドの気持ちが胸にしみた。

私は言葉に詰まって、「いいえ」とだけ下を向いて言ってから、深く息をついた。

「で、どんな話?」

まるで子供に返ったようにパラドを振り仰いだ。

「ん・・・奥さん、こうなんじゃ。リアエ族の長老が云うんじゃ。サウ島の先祖はキカガだという事になっておるが、リアエ族の長老達は、先祖からそんな名前は聞かされていない、と言うておるんじゃ。多分、話の中身が殆ど一緒だから、今から話す話に出てくるロボガはキカガの事じゃろうと、そういう事なんじゃ」

一呼吸おいた。

 

        サウ島とライジュア島

むかし むかし おおむかし。

 まだ サウ島が この世に なかったころ 天界に リルベラという 王子が おった。

 ある日 リルベラが 地上に 遊びに 行った。 そこで 海の底に 住んで おる いとしげな娘 マレラウに であった。

 リルベラは マレウラに 恋をし ふたりは すぐに 離れられん仲に なった。

そして マレウラは リルベラの 子どもを 身ごもったんじゃ。

 ところがだ その時 天界に いる リルベラの 両親が リルベラに すぐに 天へ 戻って来い と言うてきた。両親の 言うことに 歯向かうわけには いかんので リルベラは 天へ 帰って 行った。そうしてなぁ 天界で 親が すすめる娘と 一緒に なったんじゃ。 

 天界の 娘との間には ピドゥリルと ルジリルという 男の 子どもが できた

そうじゃ。

一方、マレウラも 男の 子どもを 生んで おった。

ロボガという 名前をつけて そりゃあ 大事に 育てて おった。

それから 何年も 何年も たって 子どもらは それぞれ 大きく なった。

 そんなある日 ルジリルが 地上に 魚を 釣りに 下りた時 海の 底に ある

赤い 石の 上に 住んで おった ロボガと 出会うたんじゃ。

 ふたりは すぐに 仲良く なった。

そりゃあ 血の つながった 兄弟じゃからの。 そうして ふたりは 深い心の つながりを 持つように なったんじゃ。

 天界に 住んでおる 父親の リルベラは その話を ルジリルから 聞いて そりゃあ 自分と マレラウの 間に できた子どもだと 知ったんじゃ。そして 天界に

 ロボガを 呼んで 自分の 子どもだという 証拠に 自分の 名前から とった リカリル という 新しい 名前を 授けたそうじゃ。

 けれども 天界の 人間ではない リカリルは そのまま ずっと 天界には いられん。

じゃから リカリルは ひとり寂しく 海の底に ある 赤い石へ 帰って いったんじゃ。

 弟の ルジリルは 住む島も ない 兄の リカリルの ことを 思うと どうにも

気の毒でなあ 兄の ために 島を ひとつ こしらえて やろうと 決心した。

そしてな 巨大な 大鷲に 姿を 変えて 地上に 下り立ったんじゃよ。

 地上には ジャワワワという 島が もう その頃には 出来ておって モネウェオという 長老が 治めて おった。

 大鷲に なった ルジリルは その モネウェオの 家の 下から 少しずつ 少しずつ 土を くわえては 運んで ジャワワワ島の 東に 積み上げて いったそうじゃ。

 そうして とうとう しまいには 兄の ために 島を ひとつ こしらえて しまった。 

 島の 名前は ライハウ島じゃ。 それが この サう島で サウ島の 西に ある ジャワワワ島は 今の ライジュア島 という わけじゃよ

 

話手: ラインハルド ラド (1988年)

 

「後で、そうだな、夕方にでも帳面持ってくるから。わしもなぁ、いろいろと忙しいんじゃよ。やれ足が痛いだの、手が腫れただのって、夜になるといろいんな人が来るもんでなぁ」

 棒切れを突き刺しただけの垣根から伸びている枝葉に、暑い日差しが当たって、チラチラと動いていた。それを見詰めながら私は言葉にしたら消えてしまいそうな喜びと穏やかさを感じていた。

「魔術で直すの?」

 しばらく間をおいて、私はどうにか話をつないだ。

パラドは紅茶を一口飲んで

「んまあ、そうじゃな。ん・・・」

と話すのを避けた。そこで私は昨夜聞きかじった面白い話のことを訊いてみた。

「パラド、夕べね、ライジュア島から帰って、チィチィの家でコーヒー飲んでいた時、ベロドの話きいたんだけど、パラドはその話知ってる?」

「ああ、知っとるよ。それじゃ奥さん、こうしよう。夕方に又わし来るでの、その時その話をしてやる。帳面にも書いてきてやるからの。わし、ちょっと寝てくるで。夕べ、あんまり寝ておらんのでな。失礼させてもらうよ」

 そう言ってお辞儀をするように腰を幾分低めに落としてから帰って行った。

 私の心は穏やかだった。あるがままの自分で人に接しても、何のわだかまりもなく心が通じ合える安心が私の心に穏やかさをくれていた。

 夕方のまだ明るい内に、マンディ(水浴)を済ませたパラドが、こざっぱりとしたシャツにサロンという恰好でやって来た。真っ赤に口を染めて、ビンロージュを噛んでいた。

「奥さん、起きたかね?」

パラドはいつもゆっくりと喋る。どんな短いセンテンスでも、ひとつひとつ考えながら畳み込むように喋るのである。

「ん・・・で、奥さん、来年はいつ頃来れるんかの?」

用意されていたお湯を、ティバッグの入った紙コップに注ぎながら私は

「七月くらいかな。まだ分からないけど」

と考えながら日本茶を勧めた。

「ん・・・あっ、どうも。これは緑色の茶じゃな」

お茶を覗き込んでいる。

「ええ、日本のお茶。体にいいの」

パラドは、ほぉと驚きの声を上げて、

「じゃあ、わし、奥さんに今度日本から持ってきてくれるように頼んでもいいかの?

ほぉ、体にいいのう。たいしたもんじゃな」

私が微笑ながらいいですよ、と返すと、

「これに、さっきわしが話したサウ島のベロドの話を書いておいたからの。

ん・・・あとな、こことライジュアの慣習法なんかもちょっと書いてみたんじゃ。ん・・・もし奥さんがここの事で解らん事があったら手紙に書いてきたらいい」

パラドはそう言ってから帳面を出してベロドの話を始めた。