ブログ記事

インドネシアの昔話を求めて (十七の三 最終章)

私はライジュア島から戻った時点で、スンバワ島に渡るのは諦めていた。 日曜日に飛行機があるからそれでクパンまで戻り、そこで一泊して、次の日バリ島へ戻る事にした。 時間はたっぷりあった。 毎日ブラブラして、日本兵が住んでいたと言われているラマデラ…

インドネシアの昔話を求めて (十七の二)

ベロド むかし むかし おおむかし。 まだ サウ島に 人が あんまり すんで いなかった 頃の 話だ。 アマジャウィライと その 息子の ジャウィライが それは それは 仲良く 暮らして おったそうじゃ。父親と 息子は 毎日 森へ 出かけては 狩りを したり 木の実…

インドネシアの昔話を求めて (十七の一)

次の日の昼過ぎ、疲れ果てて寝ている私をパラドが訪ねて来た。 小学校の教師であるパラドは、学校からの帰りらしく、白い制服姿で胸には金色のバッジが光っていた。 「奥さん、帰って来たかね。どうだったライジュアは?話は上手く聞けたかね?」 そう案じて…

インドネシアの昔話を求めて (十六の後半)

やっぱりこの石をやるのを渋っているのだ。そんなに効き目のある石なのだろうか? 「うぅん、わしゃあ、織物を一枚持つとるんじゃが、うぅん、伝統的なもんじゃが、その薬と交換してもらえんか。うぅん、それでどうしようかと考えとる」 そう言って、またう…

インドネシアの昔話を求めて (十六の前半)

ゴザの回りには、昨夜から四六時中島の人たちがたむろしていた。 初めのうちは、荷物を整理したり記録をしたりして気を紛らわせていたが、する亊が無くなってしまうと、見たいんだったら見ればいいと開き直って、私は足を組んでひっくり返って寝ていた。 そ…

インドネシアの昔話を求めて (十五の後半)

事が静まって暇になった昼頃、老人が来るからとパグルが言った。 パグルは、私がクティタに向かう前に入道雲の旦那に頼み込んで、この島の長老のひとりである老人から昔話を聞かせて貰う段取りをつけてくれていたのである。 入道雲の旦那の家の前に1本の木…

インドネシアの昔話を求めて(十五の前半)

(十五の前半) 結局、出発地点の砂浜に戻ったのは夜中の十時半だった。 約九時間近く歩いていた事になる。そんな体力が自分にあった事がおおよそ信じられなかった。 砂浜には、暑さをちょっと凌ぐために棒を立てて組んだ棚に、椰子の葉をパラパラと載せた …

インドネシアの昔話を求めて(十四)

(十四) ライジュア島行きの計画は、チィチィと手紙のやりとりで丹念に打ち合わせておいたので問題はなかったが、ネックは順子だった。 順子にはサウ島に残ることを一応承諾させてはいたが、部屋にこもって煙草ばかり吸っている順子を見ていると、ひとりここ…

インドネシアの昔話を求めて(十三)

日本に戻っても、私の胸の中で高まっている興奮はいっこうにおさまらず、何をしていても、まだ見ぬライジュア島を想像したり、石投げ合戦と日本の豆まきとの関連を考えてみたりする日が続いていた。 それが、他人の目には、まるで私がバリ島あたりの男に溺れ…

インドネシアの昔話を求めて(十二)

その晩、チィチィの言っていたとおり、ファイサルが中肉中背で五十はとうに越している男と宿屋にやってきた。 パラドである。 パラドに限らず、この島の人たちは日本人にそっくりの容貌をした人が多い。特にパラドは、それが顕著で、その浅黒い顔をいくらか…

インドネシアの昔話を求めて(十一)

宿屋の裏でニワトリと遊ぶ邦子と仁 鶏肉を食べた次の日の昼頃、私達親子を空港から宿屋に案内してくれたファイサルが、昔話を知っているという六十過ぎで丸顔のオビという男を連れてやってきた。 やたらニタニタ笑う男で、笑うたびに、かろうじて残っている…

インドネシアの昔話を求めて(十)

旦那やおかみさん、それにファイサルにも、私はここに昔話を聞きに来たのだから、話のできる人がいたら教えて欲しいと宣伝しておいた。 しかし、脳のどこかの神経がきれてしまったかのように、丸一日半、私は泥のように眠っていた。 子どもたちは日本から持…

インドネシアの昔話を求めて(九)

渡辺さんたちと空港で別れて、私たちはサウ島へ向かう双発プロペラ機に乗った。 飛行機は、ひどいものだった。 錆びついた外壁、破れかかった座席、ボデイに描かれている“ヌサンタラ エアラインズの文字まで薄汚れていた。 ここの人たちにとって料金が高いせ…

インドネシアの昔話を求めて(八)

ー スンバワ島の東端の町、ビマから飛行機でチモール島クパンへ ー 飛行場はティモール島の南端の町、クパン郊外にあった。 地理的条件から、バリ島以東の島々に飛ぶ飛行機の重要中継地点になっている。それだけで空港はどことなく開放的で明るく、田舎都会…

インドネシアの昔話を求めて(七)

あくる日は、スンバワ島の西にあるスンバワブサールから東端の町、ビマまでバスで横断して向かう日だった。 朝からせわしく、近所の人やアレックスの友だちが入れ替わり立ち代わり顔を出しては、 「また、いらっしゃいね」 と言って帰っていく。 アレックス…

インドネシアの昔話を求めて(六)

地図で見ると、スンバワ島の北にダチョウの頭のような格好をした島、モヨ島である。 アレックスの話では、二つぐらい村があり、野ブタや牛、鹿、様々な美しい鳥、そして大蛇までいるという。 私が 「昔話はあるの?」 と、訊いたら、奥さんと二人でゲラゲラ…

インドネシアの昔話を求めて(五)

晩になるとマラリヤにかかるのを恐れて、窓をしめきったまま蚊取り線香をたいて床についた。スンバワでの初夜は、疲れ切って死んだように眠りこけてしまったから何とも感じなかったが、その晩はいささかまいった。 床について半時間もたたないうちに、四畳半…

インドネシアの昔話を求めて (四)

夕方、ラペに行かないかと誘われた。 そこにはアレックスの弟の義父が住んでいて、昔話を知っているというのだ。 昔話は逃げていく訳でもないのに、旅の疲れも、子供への気配りも忘れ、ふたつ返事で 誘いに乗った。 インドネシアでは、出かけるとなると、ど…

インドネシアの昔話を求めて (三)

アレックスの家は空港から程近い、街中の大通りから路地に少しばかり入った突き当りにあった。その辺りはびっしりと家が建て込んでいて、路地の両側に掘られた溝には汚水が淀んでいた。 鉄の低い門扉を開けながらアレックスは馬鹿でかい声で、おーッ、おーッ…

インドネシアの昔話を求めて (一)~(二)

(一) 1987年、7月23日、11歳になる息子の仁と9歳になる娘の邦子を連れて インドネシア・ヌサテンガラ諸島に伝わる民話を聞き歩く旅に出た。 交通機関の時刻表すら無い無茶苦茶な旅であった。 バリ島に2泊した後、取り敢えずスンバワ島に向かう事に…

山ノ荘村本郷

母の実家は山ノ荘村本郷にあった。 筑波山連山の一つ、雪入山につながる浅間山の裏側にあって、母は、 私が3、4歳のころ幾度かその山を越えて実家の本郷へ逃げ帰ったと聞いている。 私の記憶の奥底にあるその日の夕方。野良仕事を終えた母は薄暗い台所に 立…

コモド島

[1] 2014年暮れから正月にかけて、念願のコモド島へ娘と孫の3人で行くことになった。コモド島に棲む「コモドオオトカゲ」を見てみたいし、コモド村に伝わる民話もききたかったからである. バリ島から国内線でフローレス島のラブハンバジョウまで飛び、そこ…